ホーム展示会法華経とシルクロード展ロシア東洋学研究所

ロシア科学アカデミー東洋学研究所

「東洋学」の最高峰

ロシア科学アカデミー東洋学研究所は、東洋学の世界最高峰の拠点である。

その前身は、旧ロシア帝国の科学アカデミー・アジア博物館(1818年創立)。帝政時代のロシアは、中央アジア・シルクロードの調査・研究を精力的に行い、仏教経典など発掘された古文書類を同博物館に収集してきた。所蔵している東洋の古典籍は、質量ともに比類なきレベルを誇っており、大英博物館、ケンブリッジ大学、パリ国立図書館等と並んで、重要資料の保存・研究に大きく貢献してきた。著名な碩学も多数、輩出している。

風雪を超えて「文化の灯」を守る

アジア博物館は今世紀初頭、すでにヨーロッパにおける仏教研究の中心的存在になっていたが、ロシア革命後の1930年、ソ連科学アカデミー東洋学研究所として発足。

1951年の研究所のモスクワ移転後は、東洋写本の部門だけがレニングラード(現サンクトペテルブルク)に残った。1956年に東洋学研究所レニングラード支部となり、1991年、ロシア科学アカデミー東洋学研究所サンクトペテルブルク支部として新たな出発をした。

創立から約190年――その間、ロシア革命、第2次大戦、共産主義下の不自由、ソ連崩壊後の混乱にも耐え、営々として文献の保存・研究に徹してきた世界屈指の研究所である。

なかんずく第2次大戦中には、ナチス・ドイツによるサンクトペテルブルク(当時レニングラード)への「900日の包囲」があった。猛攻の中、研究所の所員は寒さや飢えと戦いながら、貴重な文物を守り抜いた。今回の展示会に出展されている文物も、そういう尊い献身の結果、守り伝えられたものである。

「世界遺産の街」の"宮殿"

帝政ロシア時代の首都であったサンクトペテルブルク。その歴史的街並みは、ユネスコの「世界遺産」でもある。研究所の建物は、街を流れるネヴァ河のほとり、エルミタージュ美術館の並びにある。

建てられたのは19世紀半ば。ロシア皇帝ニコライ1世が子息のために造った宮殿であり、薄いベージュ色の外観が今も美しい。

建物の一室には、当・東洋哲学研究所の「ロシア・センター」もある。両研究所の間には、96年、交流協定が締結されている。


所蔵品には65言語、約8万5千点の貴重な文献があり、推定・紀元前10世紀ごろのものもある。

研究所の建物は壁が厚く、文献の保存に適しているとされる。文献を保管する書庫には、宮殿の最も良い部屋が当てられ、室温は摂氏16~18度、湿度は40~50%に保たれている。

3つの書庫があり、文献の重要度によって保管場所を分けているが、今回の展示品はすべて、最重要文献を保管する「第1書庫」から出品されている。


研究所には日本関係の写本や木版本も保存されており、日本にはない文献も多数所蔵されている。

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