連続公開講演会

◆講師:サーラ・ワイダー氏(米エマソン協会元会長)
◆開催日:2012年10月9日
◆会場:仙台国際センター(仙台市)

講演内容は「東洋学術研究」2013年第1号に掲載

※新聞報道から

※サーラ・ワイダー博士

エマソン協会元会長。米コルゲート大学の教授として英文学、女性学を講義。自らも詩人であり、エマソンの詩と思想を研究してきた。

 

東洋哲学研究所創立者の池田SGI(創価学会インタナショナル)会長と会見し、対談「母への讃歌――詩心と女性の時代を語る」を行った(月刊誌『パンプキン』)。

 

博士は「池田SGI会長は激励の言葉を毎日、数百万もの人々に贈っています。その言葉は活力にあふれ、光を放ち、ウイットに富んでいます。その言葉は一人一人が必要とするもの、そして世界が最も必要とするもの を語りかけています。会長は、こうした『言葉』を通して私たちに寄り添い、私たちを励まし、私たちとともに闘ってくださるのです」と語っている。 


講演会の新聞報道から

  (聖教新聞2012年10月10日付)

 

東洋哲学研究所(東京・八王子市)の創立50周年を記念する連続公開講演会「現代社会と女性」の第2回が9日、宮城県の仙台国際センターで開催された。これには、アメリカのエマソン協会元会長であり、コルゲート大学教授のサーラ・ワイダー博士が出席し、「心を結びつける言葉の力」をテーマに講演を行った。

 

 講演の冒頭、ワイダー博士は静かに語り始めた。「あの大震災を経験された東北の皆さまほど、励ましの大切さを実感されている方はいないでしょう。皆さまこそ、地球の未来に、希望の種を植えているのです」

 東日本大震災の発生後、本紙等への寄稿を通し、東北の友の苦しみに寄り添い続けてきた博士。2006年、池田SGI(創価学会インタナショナル)会長と初めての出会いを結び、対談を重ねてきた。

 博士自身、講演のテーマに掲げた「言葉の力」を実感する体験があった。それは、最愛の母を亡くした直後。悲嘆の中、SGI会長から贈られた詩集を目にした時だった。

 博士は「池田会長の言葉が、私に“ もっと強くなれ”と呼び掛けているように感じたのです。東北の皆さまが会長の言葉に触れた時と同じ感覚だと思います」と述懐した。

 

 博士は、東北の人々に「勇気」の光を灯し、徹して励ましを送り、被災者と共に歩み続けてきたのがSGI会長であると強調。

 「池田会長が“心の財(たから)は壊されな”いとのメッセージに込めた思いこそ、偉大な創造の源です。これこそが、荒廃した大地を、緑野へと変えゆく力なのです」と述べた。

 そして「全てを失った人にとって、池田会長の言葉を、何度も何度も書き留め、心の中で繰り返したことが、どれほど生きる力となったことでしょう。私は、その言葉の力強さに深く感動するのです」と語った。


 ワイダー博士の寄稿

 

(聖教新聞2011年4月24日付「世界の論調」から)


震災に立ち向かう創価の女性に感動
 今回の大震災のニュースに接して以来、日本の友人の方々への思いが、片時も心から離れません。
 そして創価学会の友人の方々が、連日、センセーショナルな惨事の報道の陰で、心からの励ましを人々に送っておられる報に接し、かえって私自身が強く励まされております。
 とりわけ、こうした災難に勇敢に立ち向かわれる創価学会の女性たちの友情の力、励ましを人々に送ろうとする決意に、心が強く揺さぶられます。
 こうした姿に接し、私は英語の「励まし(エンカレッジメント)」という言葉が持つ意味を深く考えております。
 この言葉が持つ文字通りの意味は“心を差し出す”ということです。
 さらに“エン・カレッジ”の“カレッジ”の言葉には“勇気”という意味のほかに“心”という意味もあるのです。
 すなわち“励まし”とは、人々に強き心を差し出し、与えるということなのです。あるいは、そうした強き心が自分自身の中にあると感得することも“励まし”となるのです。
 ともあれ、人々が大災害に心を押しつぶされ、すべてが粉々に、また散り散りに切り裂かれる思いに沈んでいる時、私たちを強く結びつけるものは何か。それこそが、「励ましの言葉」なのです。
 もちろん、創価学会の皆さまの唱題が、人と人とを深く結びつける最大の力となることも、私は信じております。

海を越え強く響いた詩の言葉
 私自身、池田大作SGI(創価学会インタナショナル)会長の詩に、心の奥底から励まされた忘れ得ぬ体験があります。
 それは、2005年の1月、最愛の母を亡くした直後のことでありました。
 その数カ月前に、会長から贈られた写真詩集『詩人の星』を読むうちに、「人生は そして生命は 死で終わりはしない」との一節に、私の目はくぎ付けとなりました。その言葉こそ、私の母の生死観を伝えるものであったからです。その瞬間、私の心は亡き母の心と一体となったのです。
 愛する人が、もうこの世に存在しないと知った時、その空虚感を超えてその人の存在を称えるなど、至難の業といえるかもしれません。しかし、会長の言葉に励まされて、私は強く立ち上がることができました。
 母は青年をこよなく愛しました。その母の思いを、私は継承しました。そして、母を失ったことにより、その思いはさらに強くなりました。それはまた、母がしたことと同じ行動に、私を向かわせてくれました。そこに私は、母の生命が継続していることを強く感じ取ったのです。
 同時に私は、母を失った失意の中で、人々を励ます勇気さえ持つことができました。どんなに小さくともよい、他人に対して何かできることはないかと、考えられるようになったのです。
 会長の声による直接の言葉ではなく、詩に書かれた言葉が、日本から遠く離れた私の心になぜ強く響いたのか。一度もお会いしたことのない私の心に、深く響いたのか。
 それは、会長の詩ほど、一人一人の心に直接響く言葉が凝縮したものはないからです。そして、一言一言に温かく思いやりに満ちた、人間のぬくもりが込められているからです。その言葉が、母の生き方を鮮烈によみがえらせてくれたのです。
 それは、思いもかけぬ大きな発見でした。深き思いを込めた言葉が、艱難を突き破り、文化を超え、海を越えて人々の心に響くのだと思い知ったのは、その時です。
 見方を変えれば、母の亡くなる数カ月前に頂いた会長の詩は、“その時”を静かに待っていてくれたのです。そして、私にとって、本当にそれが必要になった時、英知と励ましの生命の輝きを放ちはじめたのです。

エマソンが送る青年への訓示
 私は今、宗教者と詩人の深い関わりについて、思考を巡らせています。そこで、即座に思い起こされるのは、エマソンのハーバード神学校での講演です。
 その折、エマソンは、未来の宗教指導者たるべき卒業生に対し、宗教家ではなく、吟遊詩人たれ、と訓示しました。
 吟遊詩人とは、ヨーロッパの中世に活躍した民衆詩人のことです。彼らは、村から村へと旅をし、それぞれの地域に深く溶け込みました。そして、その時、その村に必要なものを、詩に託して教示したのです。
 その詩は、一切の固定観念を取り払い、その場に相応した真実の表現であり、その表現には、人々を行動へといざなう力が込められておりました。
 今、SGI会長は、そうした吟遊詩人の伝統を現代によみがえらせ、エマソンの言葉の真実を世界に宣揚されている、と私には思えてなりません。

人間性までは破壊できない
 さらに、私が日本の大災害の報に接して即座に思い起こしたのは、会長の奥様・香峯子夫人が新年に、SGIの婦人部・女子部に贈られた、メッセージの一節です。
 そこで香峯子夫人は、関西創価学園生を励ましたブラジルのパラナ州立ロンドリーナ大学のプパト元総長の言葉を紹介しておられました。
 「冬の植物を見ると、花もありませんし、葉もありません。まるで生きていないように思いますが、そうではありません。自分が花を咲かせる時を待っているのです。自分にとって一番いい時期を待っているのです」
 この言葉を紹介し、香峯子夫人は、冬の時にこそ、温かな励ましが大切なのでしょう、と語っておられます。この言葉ほど大災害に立ち向かう人々の心を励ますものはないでしょう。
 こうした言葉を胸に、創価学会の女性たちは、自らも多くを失っているなか、人々を救済するために全力を尽くされていると伺いました。
 
 私には、被災された方々に重荷を背負わせるつもりなど、毛頭ありません。しかし、私たちは、東北の人々の忍耐には常々、尊敬の念を抱いてまいりました。
 いかに深く「自然(ネーチャー)」によって破壊されても、「人間性(ヒューマン・ネーチャー)」を破壊することはできません。その人間性の中核をなす一つの要素は「忍耐」です。その忍耐の力は、一人一人の心から生まれてくるものです。
 同時に私は、一人一人に心から耳を傾けることの大切さを痛感しています。励ましの言葉はもとより、一人一人の苦悩に満ちた物語に真剣に耳を傾けるなかから、癒しの力も生まれるからです。
 最後に私は、創価学会が世界に伝え、未来に継承しゆく精神の価値は、人間の可能性に対する「信」であることを、強く訴えたいと思います。その可能性を開かしめるものこそ、「真心の励まし」であります。
 人を励ますことができる力を、一人一人が備えているのです。ゆえに、一人の持つ力を絶対に過小評価することなく、自他共の可能性を開く、勇気ある行動を貫いていただきたいと願ってやみません。 
Share
Tweet
LINE