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平和の架け橋――人間教育を語る

池田大作    顧明遠

                                

 

「日本図書館協会選定図書」に

社団法人「日本図書館協会」(Japan Library Association: JLA)より、本書が同協会による「選定図書」に決定した旨、通知がありました(2012年11月20日付)。

「選定図書」とは「全国の公共図書館に備える図書の選定」の参考とされるものです。

 

同協会は、日本の図書館を代表する総合的な全国組織。前身である「日本文庫協会」の設立(1892年=明治25年)以来、120年にわたって、さまざまな種類の図書館(公共図書館、大学図書館、学校図書館、専門図書館、公民館図書室、国立国会図書館、その他の読書施設、情報提供施設)の進歩発展を図る事業を続け、人々の読書や情報資料の利用を支援してきました。

 

 

この「選定図書」の審議も、その一環であり、協会によると「日本図書館協会の図書選定事業は公共図書館・学校図書館・公民館図書室などの読書施設に図書情報を提供することを目的としています」「年間6万点にも及ぶ新刊書籍の中から、図書館がどの本を蔵書として選ぶかを決める図書の選択は、図書館にとって最も重要な仕事であり」「協会の選定図書は、各専門分野の選定委員約50名が、実際の書籍を一冊一冊に必ず目を通し、選択されたものです」とのことであり、戦後間もない1949年から続けられています。

 

今回の選定は11月14日に行われたもので、本書を含む231冊が選定されています。


◎好評につき増刷を重ねる 

本書は10月15日の発刊後、好評につき「第2刷」(11月7日)、「第3刷」(11月18日)と増刷を重ねています。 


 内容紹介

東洋哲学研究所の創立者・池田大作創価学会名誉会長と、中国教育学会の顧明遠会長との往復書簡をまとめた対談集である。

 顧会長は中国教育界の重鎮であり、比較教育学の世界的大家。

「現代中国の教育」は「中国の未来」を左右し、大国・中国のゆくえは世界の運命にも影響を与える。それだけに、中国教育界の舵をとる顧明遠会長との語らいには、『東洋学術研究』誌上の連載中から高い関心が寄せられてきた。

 

顧明遠会長は、自身の教育観をこう語る。

「私は『愛情なくして教育なし。興味なくして学習なし』という言葉の真理をつかむことができました。生徒への愛情をもって、まず生徒を尊重し信じてこそ、生徒に対して要求できるのです。そして教師の生徒への愛は、親子の血縁を超えて、民族への愛であり、人類の未来への愛の表現なのです。また、どうやったら生徒の興味を引き出せるか。これは教育科学であり教育芸術です」

 

創立者は、日中友好への思いをこう語る。

「私は中国を初めて訪問した際、『平和友好の“金の橋”を子々孫々まで盤石ならしめたい』と申し上げました。『金』は永遠性の象徴です。アジアのため世界のために、中国と日本は絶対に結び合っていかねばなりません。不朽にして不壊なる平和友好の『金の橋』でなければならないのです。その橋を支えゆくのが教育交流であり文化交流です。民衆の交流であり青年の交流です。そして、21世紀を平和の世紀にする鍵は人間教育にこそあると信じます」

 

こうした信条を基調に、全5章(「教育と人生」「教育と文化」「比較教育学の光」「『創造的人間』を育てる」「教育と平和」)にわたって、縦横に語らいが繰り広げられている。

日中国交正常化40周年記念出版。

 

 

2012年10月発行

1,800円(税込1,944円)

ISBN 978-4-88596-076-5


顧会長略歴 
まえがき 顧明遠 
あとがき 池田大作 
目次

 顧 明遠(こ・めいえん/グー・ミンユワン)

中国教育学会会長、北京師範大学教育管理学院名誉院長。1929年、江蘇省江陰に生まれる。北京師範大学に学んだのち、モスクワの国立レーニン師範大学教育学部を卒業。北京師範大学第二附属中学校校長、北京師範大学教授、同大学外国教育研究所所長、同大学副学長、中国教育国際交流協会副会長、世界比較教育学会共同会長、『比較教育研究』誌主幹、『高等師範教育研究』誌主幹などの要職を務め、中国教育界をリードしてきた。

1991年に「全国優秀教師」に選ばれ、99年に北京市から「人民教師」称号を、2001年に香港教育学院から名誉教育博士の学位を受ける。20回以上日本を訪問し、小中高等学校や幼稚園を数多く参観している。『比較教育学』『教育:伝統と変革』『国際教育新理念』など著作は多く、邦訳『魯迅―その教育思想と実践』(同時代社)『中国教育の文化的基盤』(東信堂)もある。 


 

 まえがき  顧明遠

 

池田大作先生は、著名な学者、社会活動家であり、教育家でもあります。

2008年10月、北京師範大学が私の“教師生活六十周年を記念する会”と“教育思想シンポジウム”を開催した折、池田先生はわざわざ代表を派遣してくださったばかりか、熱意あふれる祝賀のメッセージまで託してくださり、深い感動を覚えました。

池田先生はこれまで数多くの国際的に著名な学者、社会活動家と対話を展開され、対談集を編んでこられました。中国の学者では、小説家の金庸氏、歴史家の章開沅氏などが挙げられます。このたび、池田先生と対話をさせていただいたことは、私にとってこれにまさる栄誉はありません。

 

池田先生が平和を熱望し、中日友好を貫き通されているそのご精神は、まことに敬服に値するものです。2009年秋、創価大学を訪問した折、池田先生よりご高配を賜り、創価大学名誉博士号を授与していただきました。もちろんこれはたんに私個人の栄誉にとどまるものではなく、池田先生の中国の教師に対する尊重の表明であると受け止めています。

創価大学を訪問中、美しいキャンパスを見学するなかで、周恩来総理を偲ぶ「周桜」を仰ぎ、その記念碑を見た瞬間、私は池田先生の周恩来総理への深い敬愛の念と中国人民への厚い友情をこの身で深く実感することができました。

2009年から今日まで、私たちは3年の長きにわたって対話を繰り広げてきました。

二人とも高齢のため、北京と東京を往来し、膝をつきあわせてじっくりと対話を行うことはかないませんでしたが、現代のインフォメーション・テクノロジーをかりて、きわめて迅速かつスムーズに書簡をやりとりすることができました。対談の内容は、平和と友好、東洋の伝統文化や青年の教育の話題にまで及び、書簡のやりとりをするたびに、親しみが増していきました。

 

私と池田先生はほぼ同年代で、戦争の時代、それぞれに異なる傷を受けてきました。私たちは平和を熱望していることから、平和は私たちの対話の主題になりました。

平和のためには、友好往来を進める必要があります。池田先生はすでに1960年代から“中日両国は正常な近隣友好関係を築くべきである”と提言され、中日友好を促進するため、東京と北京の間を奔走してこられました。私も中日国交正常化が実現してほどなく、日本を訪れることができました。この30数年来、20数回にわたって日本を訪問し、多くの日本の教育界の友人と親交を結び、さまざまな会議に参加し、多様な教育協力のプロジェクトに取り組んできました。

私たちはともに中日友好のために奔走し、世界平和のために努力を重ねてきたといえるのではないでしょうか。

 

世界の恒久平和のため、中日友好の末永い持続的発展のため、私たちは両国に共通する文化の起源や悠久の友好の歴史を振り返りました。中日友好は隋、唐代以前から今日に至るまで、すでに千五、六百年の歴史をもっています。そのなかで、わずかに数十年間、不愉快なできごと、すなわち一部の軍国主義の野心家がもたらした侵略戦争が起こりました。歴史を正視するとき、この百年来の苦痛の歴史を忘れてはなりませんが、それ以上に、悠久の友好の歴史を忘れてはなりません。私たちはこのような共通認識に立つことができました。

 

青少年は私たちの未来です。しかも私たちは教育者でもあることから、教育問題も対話の重要なテーマとなりました。私たちは青少年の教育に関心を寄せています。現在、伝統と現代変革のはざまにあって、多くの青少年は前進する方向性を見失い、困惑のなかで生きています。そのことに私たちは心から心配しています。

私たちはともに東洋文化の優秀な伝統教育を強化する必要があると考えています。

中日両国は悠久の歴史を有し、同じような儒教文化の背景を有しております。儒教の優秀な文化の伝統を宣揚し、心を養い身を修め、志を高くもち、民族のため、国家のため、世界平和のために学ぶことは、青少年を教育する眼目といえるでしょう。そのために、私たちはともに努力をし続けているのです。

 

このたびは、この上なく愉(たの)しく、有益な対話を行うことができ、池田先生から多くのことを学ばせていただきました。

対談集出版にあたり、私は重ねて池田先生に敬意を表するとともに、『東洋学術研究』誌の編集スタッフの皆様方にも感謝の意を表します。さらに創価大学北京事務所の友人の皆様、とくに池田先生とのやりとりでご尽力くださった川上喜彦さんに感謝します。また、北京師範大学の国際・比較教育研究院の高益民先生にも感謝します。高益民先生による熟練した翻訳がなければ、私たちの対談はこれほどまでに首尾よく進めることはできなかったでしょう。


 

あとがき  池田大作

 

 「文を以て友を会し、友を以て仁を輔(たす)く」

若き日から心に刻んできた『論語』(顔淵篇)の一節です。学文(学問)は人を結び、友をつくります。「文」を求め、磨き合う交友のなかでこそ、人間性は輝くのです。

 

今、敬愛してやまない顧明遠先生との7度に及んだ往復書簡による愉(たの)しい対話を振り返りながら、私は大いなる喜びと充実を覚えています。四季の節々には、梅や桜や蓮華や菊などの花々が、ひときわ鮮やかに春夏秋冬の移ろいを告げてくれるものですが、この数年にあっては、折節に貴重な啓発と思索の機会を与えてくださったのが、顧先生の芳しい雁書でありました。最初にまず、心から感謝を申し上げます。

海を越えた手紙の往来といえば、文豪・魯迅先生と島根出身の若き中国文学者・増田渉氏の交流が思い出されます。上海の地で魯迅先生に師事した増田青年は、日本への帰国後、魯迅作品の翻訳に取り組み、疑問にぶつかるたびに魯迅先生へ手紙を送り、何度も何度も質疑を重ねました。弟子の熱意に応え、時には時候や近況も省いたかたちで詳細な注釈が返ってきたこともあったようです。その数多(あまた)の「対話」は、若き日の魯迅青年が仙台留学中、恩師の藤野厳九郎先生から丁寧にノートの添削を受けたという師弟交流のエピソードを彷彿させます。自らが宝とする学恩に、次世代の青年を励ますことで報いていったともいえるのではないでしょうか。

「青年を愛し、いつも青年の味方になり援助をおしまなかった」――増田氏が魯迅先生を回想した言葉です。

それは「愛なくして教育なし」と言われる顧先生の人間教育のお姿と、見事に重なり合います。この未来を生きる青年への希望を共有する語らいから生まれたのが本書であります。

 

「教育」を主なテーマとする本対談にあって、中国教育学会会長の要職にあり、世界の教育界の至宝の存在であられる顧先生が紡ぎ出される、豊かな経験と知識に裏づけられた一言一言は、名講義そのものでありました。

2011年3月11日の東日本大震災に際し、顧先生は、ある被災地域の青年教育者に「多難興邦」の言葉を贈られ、励ましてくださいました。苦難が多い時こそ奮起して国を興そうとの意義であります。

「人の一生というものは、つねに多くの災難に見舞われるものです。順風満帆な人生などありえず、つねに大なり小なりの災難に遭遇するものです」

こう述懐される顧先生は、ご自身の人生の災難を二つ挙げられました。

一つは日本軍の侵略であり、もう一つは文化大革命でありました。

気高き母君の愛に包まれた幼少時代は、日本軍の侵略で残酷に破壊されました。今もって、その時の恐怖が夢に出るほどであるとも語られていました。さらに文化大革命では同僚や信頼する教え子の裏切り、重労働の強制など、言語に絶する苦難に遭われています。しかし、その逆境をバネに立ち上がり、顧先生は中国教育界を担って雄渾の指揮を執ってこられたのです。

顧先生は、そうした経験のすべてが、「私に、正直に身を持し、周りに紛動されないような信念を定めさせてくれた」と感謝さえされています。仏典には「石はやけばはい(灰)となる金(こがね)は・やけば真金となる」とあります。まさに自己を鍛え抜いた“真金の人”の至言であり、ご自身の人生をもって教育の勝利の真髄を証明されてきたといえましょう。

 

本書では、あの「五四運動」のただ中に訪中し、近代中国の教育史上に大きな影響を与えたアメリカの哲学者デューイ博士の教育思想にもふれています。20世紀の大教育者・陶行知先生も、デューイ博士の弟子の一人です。その陶行知先生が、デューイ博士の“学校は一つの社会である”との思想を、さらに「社会即学校」(社会はすなわち学校である)へと発展させたという点も語り合いました。

「人格を磨く」ことに教育の本質を見ていくならば、まさに社会総体もまた人間教育の学校ととらえ返すことができるでありましょう。教育は単なる手段ではなく、目的それ自体なのであります。

この中国において深化した教育思想の視点は、年来、私が訴えてきた「社会のための教育」から「教育のための社会」への転換とも響き合います。

顧先生との対話を通し、その方向を鮮明に展望できたことも、うれしい限りです。

 

本書の表題は「平和の架け橋」とさせていただきました。これには私なりの感慨があります。

1974年、私は中国を初めて訪問した際に、「平和友好の“金の橋”を子々孫々まで盤石ならしめたい」と申し上げました。この「橋」という言葉に、今日に至る平和交流への思いが凝縮されているからです。

「金」は永遠性の象徴です。アジアのため、世界のために、中国と日本は絶対に結び合っていかねばなりません。不朽にして不壊なる平和友好の「金の橋」でなければならないのです。その橋を支えゆくのが、教育交流であり、文化交流であります。民衆の交流であり、青年の交流であります。

折しも日中国交正常化40周年の佳節に、本書を江湖に送ることができました。この対話が、万代に架ける平和友好の「金の橋」のために、一つの礎ともなるならば、これに勝る喜びはありません。

最後に、陰で支えてくださった北京師範大学の高益民先生には、私からも深く御礼を申し上げます。連載時より優れた翻訳に取り組んでくださった大江平和氏、さらに創価大学、東洋哲学研究所をはじめ、本書の出版にあたって日中双方で編集・翻訳にご尽力くださった皆様方に衷心より御礼申し上げます。 

 


目次

 

 

第1章 教育と人生 激動の時代を生きるsp;1 郷土と人格形成

2 人生の土台つくる家庭教育

3 戦禍のなかの青春

4 希望の源泉――若き日の読書

5 忘れ得ぬ教師との出会い

6 教育に捧げた人生

7 試練を越えて

 

 

第2章 教育と文化 多元的世界文明を求めて

1 トインビー史観の多元性

2 文明・文化の定義と淵源

3 日本と中国の文化発展

4 人間主義の支柱――儒教の仁、仏教の慈悲

 

 

第3章 比較教育学の光 日本と中国の教育をめぐって

1 文化と教育の連関

2 比較教育への道

3 中国:教育の伝統と現代化

4 日本:教育の伝統と近代化

5 日中教育交流――教育の国際化のなかで

 

 

第4章 「創造的人間」を育てる 創価教育と素質教育

1 現代教育の問題点――日本と中国

2 人間の本性とは何か

3 人間教育の「理念」と「行動」

4 生涯教育――多様で豊かな人生へ

5 教師と学生

 

 

第5章 教育と平和 東洋の精神文化の使命

1 中国の平和思想:孫文「三民主義」から

2 仏教の平和思想:「立正安国論」から

3 環境教育と平和

4 東アジアを平和の模範地域に

5 世界市民の育成へ

6 日中青年へのメッセージ 

 

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