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4.「「問い」の再構築」

「問い」の再構築

平良 直(東洋哲学研究所研究員)

解釈学・・・――六〇年代および七〇年代初頭の哲学、社会科学、精神科学における論争の鍵を握っていたこの言葉は、明らかに、まだその活力を失ってはいない」。この言葉はヘンドリック・ビールスが八〇年代に述べたものであるが、「他者の理解」に関する人文・社会科学の言説の再吟味が盛んになるにつれて、解釈学の重要性はいっそう大きくなっているように思える。

この「言説の再吟味」は他者を記述し続けてきた人類学の自己批判を例にとると分かりやすい。彼らは他者を記述する側である自らの立脚する権威を解体し、身につけた客観性の道具立てそのものを疑わしいものとし、他者を記述することに含まれる政治性や、支配や被支配の構造を暴きだした。このようなポスト・モダン的「知の解体」は筆者の専門である宗教学の分野でも盛んである。

解釈学の言葉でいえば、諸々の先入見や解釈の前提が「解釈学的状況」として把握されることによって、これらの他者の記述への批判や内省がおこなわれているといえるだろう。解釈学的対象理解のプロセスからすれば、このような批判や内省は極めて意味のあることではあるが、他者のより深い理解へのほんの入り口を見つけたに過ぎないともいえる。解釈学の一般的認識では、対象の理解をより深いものとするためには、「主題」を隠蔽している「先入見」や解釈の諸前提を破壊し、「問い」をより根源的なものにしなければならないとされる。そうであれば他者を理解しようとするものにとってより重要なことは、記述の方法やスタイルを模索することではなく、主題や対象への問いをより深いものへと練り直すことではないか。

その問いの深まりは、解釈者の立脚する学問的枠組みの消滅(あるいは新たな知の解体)を伴うものであるかもしれないが、自己の他者性や他者の他者性の理解、他者理解と自己理解の螺旋的深まりのなかで、人間存在のより深い理解がもたらされるのではないかと考えている。解体のつぎになされるべきことは対象への「問い」の再構築である。

(『東洋学術研究』2001年第1号から)
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