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2.「日蓮文書の研究(1)」より

「論文BOX」の中から選んで、各論文の概要やねらい、読みどころについて紹介しています。

「日蓮文書の研究(1)」「日蓮文書の研究(1)」[PDF 1,944kb]

執筆者 小林正博 氏(東洋哲学研究所研究員)

『東洋哲学研究所紀要』第18号(2002年)に掲載された論文です。

【論文の読みどころ】

日蓮仏教を研究するにあたって、その基礎となるのは遺された文書ですが、「日蓮文書」として伝わっているものは数が多く、筆者は「おそらくこれほどの文書が伝えられる歴史上の人物は日蓮をおいて他にはないであろう」と書いています。


しかし、これまでの「日蓮文書」の収集や、各種「御書」の編纂は、文書の真偽判定をはじめ信頼性の面で大きな問題がありました。改めて文献学的に慎重に検討する必要があります。

この論文では、「これら多数の日蓮文書とその内容がどのような過程を経て御書に組み入れられてきたのか、またそこにはどのような問題が内在しているのか、を明らかにし、普遍的、客観的な御書のありようを追究することを主眼に」しています。


具体的には「真蹟が現存する御書は何編あるのか」「真蹟現存の御書は全文が現存しているのか」「録内御書と録外御書は御書の信頼度を図る基準となりうるのか」「日興写本の精度はどのくらい高いのか」「日蓮花押と日蓮在御判はどうちがうのか」――などについて数理統計的な裏づけをもって論じています。


たとえば、『日蓮大聖人御書全集』(堀日亨編)に収められた426編のうち、①真蹟が現存するもの②かつて真蹟が存在していたことが確実なもの③日蓮の直弟子・孫弟子の写本があるものを合わせると60.1%になり、『昭和定本日蓮聖人遺文』に収められた434編では62.7%になるとして、「約6割の文書が文献学的にも信頼性が高いことは720年も前の人物の文書としては稀(まれ)というべきであろう」と述べています。


また、御書編纂史の諸問題とともに、「御書本文の信頼性」について、筆者は「内容的な分析から真偽を判定する」ことには慎重な態度を示しています。

たとえば、「天台本覚思想が濃厚な御書に対する偽作論を主張する研究者が多いが」、疑義ありとされた御書群を具体的に調べてみると、その出現の様相はまちまちであり、「同時期に限られた場所で少数の人で作製された一かたまりの御書群でないことは明らかなのである」としています。そして、「真偽論はもっと幅広い歴史学的、社会学的な研究方法も結集して慎重な議論がなされなければならない」と主張しています。


さらに、文書が原文通りでなく、改竄や書写もれがあったり、漢字をかなに、かなを漢字に変えたりしている可能性について、具体的に分析しています。

その結果、日興による写本が、完全ではないものの「全体的には信頼度はきわめて高いと断ずることができる」としています。

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