ホーム展示会法華経とシルクロード展開催にいたるまで

「法華経とシルクロード」展 開催にいたるまで

「友情の歴史」の結晶

史上初となる「オリジナル写本の海外公開」――ロシア科学アカデミー東洋学研究所が本展の開催を決定した陰には、東洋哲学研究所の創立者・池田大作SGI(創価学会インタナショナル)会長との厚い友情の歴史があった。

創立者が、東洋学研究所と友好を結んだのは、初訪ソの時である。東西冷戦のさなかの1974年であった。訪ソにあたっては、「宗教者が、宗教否定の国に、なぜ行くのか」「共産主義体制を認めるのか」などの非難もあったが、創立者は「ソ連にも『人間』がいる。だから私は行くのです」と述べ、決然と北の大地を踏んだ。

そして、精力的に学術・文化・教育交流を推進。モスクワ大学、レニングラード大学、そして「ソ連科学アカデミー(現ロシア科学アカデミー)」も訪問したのである。レニングラード(現サンクトペテルブルク)を訪れた折には、東洋学研究所レニングラード支部(現サンクトペテルブルク支部)に対しても、代理を派遣して友好の意を表している。

この時を含めて、創立者は6回(74、75、81、87、90、94 年)、ロシアを訪問している。なお、ロシア政府は、創立者の初訪問30周年に当たる2004年秋、長年にわたる日露文化交流に対して「ロシア連邦政府感謝状」を贈っている。

提案から2年間の準備

1996年、同研究所支部と当・東洋哲学研究所との間に交流協定が締結された。

この「法華経とシルクロード」展は、交流協定の調印式のためにペトロシャン所長(当時)一行が来日された折に、同所長から提案がなされたものである。

所長は「74年秋、創価学会の代表の方が研究所に来られた時、私は海外に出張していて、お会いできませんでした。しかし、その時以来、『池田先生にぜひお会いしたい。今に交流できる日が来る』と予感していました。きょう、やっとその日が来たのです。池田先生! 『法華経展』をぜひとも東京で開催してください。今日まで諸先輩が命がけで守ってきた法華経写本です。法華経の精神を日常生活で実践している創価学会の皆さまに、そして日本の多くの方々に見ていただきたいのです」と情熱的に語り、創立者も「ぜひ、お願いします」と全面的に賛同。

多くの関係者のご支援をいただいて、2年後の98年に実現の運びとなったものである。

文化交流は「見えない橋」

提案から2年後――「法華経とシルクロード」展のために来日したペトロシャン氏(当時・前所長)に対し、創立者は再会を喜びつつ、「約束を実行してくださったことは、生涯忘れません」と感謝を述べた。

前所長は「2年間は決して順調でなく、『本当に、できるのか』と思ったこともありました。そのたびに、『池田先生が"やりましょう"と言われたからには必ず実現できるのだ!』と思ってやってきました」と、率直に心情を語った。

創立者は「信義の心に感動いたします」と述べ、「日露友好は私の不変の信条です。しかし、国家間の交流だけでは十分ではありません。政治は『力の論理』に、経済は『利害の論理』に動かされてしまう傾向があるからです。ゆえに、揺るぎない友情のためには、明確な信念をもって、民間交流、文化交流の時代をつくらなければなりません。そのために私は行動しています」と、この展示会に込めた信条を伝えた。

うなずきながら、ペトロシャン前所長は、こう語った。

「国と国、民族と民族をつなぐ『見えない橋』――それが文化交流です。他の橋は、戦争があれば、いっぺんに崩れます。しかし『見えない橋』があるからこそ、また交流が生まれる。その『文化の橋』の設計者こそが池田先生です」と。

「法華経写本シリーズ」でも協力

サンクトペテルブルクの東洋学研究所との交流は順調に続いており、97年には研究所の一室に、当・東洋哲学研究所「ロシア・センター」が開設された。また、講演会の開催、学術誌への寄稿なども行われてきた。

2005年には、創価学会が東洋哲学研究所に委託して刊行している「法華経写本シリーズ」のNo.6(第8冊)となる『ロシア科学アカデミー東洋学研究所サンクトペテルブルク支部所蔵西夏文「妙法蓮華経」―写真版(鳩摩羅什訳対照) 』(西田龍雄編) が発刊された。

また、交流協定締結の際には、創立者に同研究所から、世界で2人目・日本人初の「名誉会員」の称号が授与されている。

さらに、創立者には「ペトロフスキー本法華経」の複製、西夏語訳「法華経」を収めたマイクロフィルム、世界初の法華経の校訂本「ケルン・南条本」の初版本などが贈られている。

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