「法華経写本シリーズ」コラム
若き後継の学徒を切望
戸田宏文 (徳島大学教授)
(※「創価学会ニュース」VOL.385 2001年8月号より転載)
「『法華経』写本シリーズ」出版事業の進展は、私にとっても喜びにたえません。
写本というのは、人間が書き写すものです。当然、そこには、写し間違いや欠落も出てきます。今回、最も困難だったのは、その間違いを見極める作業でした。これは、20年、30年という経験の蓄積がものを言う世界です。
今回の解読によって、ネパール国立公文書館所蔵の写本「No.4-21」は、20種以上伝えられているネパール系写本のなかでも極めて素性のいい写本であり、ケンブリッジ大学図書館と北京・民族文化宮図書館に所蔵されている写本と類似した一つのグループを形成するものであることが判明しました。法華経の原典研究には、絶対に欠かすことのできない写本と言えるでしょう。
「法華経」写本は、仏教梵語を解明するうえでは、これに勝る資料はないとも言えるくらい重要なものです。にもかかわらず、その解明には、現在までほとんど手が着けられてきませんでした。
私は、この分野の研究に生涯を捧げてきました。しかし世界中を探しても、こうした研究をしている専門家は何人もいないのです。恐らく主な写本の解読だけでも、あと50年はかかるでしょう。残念ながら、生あるうちに成し遂げることはできない。それこそ「生まれ変わってでも続けたい」というのが今の心境です。
法華経原典の解明によって、「諸法実相」や、「一念三千」の哲学など、法華経によってもたらされた壮大な精神世界が、ますます明らかになります。ぜひ、この仕事を継ぐ若き学徒が出てきてもらいたい。私はそれを切望しております。(談)
