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「法華経写本シリーズ」コラム

西夏文『法華経』について

宮川美法(東洋哲学研究所委嘱研究員)
(※聖教新聞2001年12月27日付より転載)



マルコ・ポーロも滞在

西夏は、日蓮大聖人の御在世とも少し重なる11世紀から13世紀に、興慶府(現・寧夏回族自治区・銀川市)を都として、シルクロード東口の要衝に当たる河西地域に広がっていた国である。

チベット系のタングート(党項)人の王・李元昊が立て、南の漢人の国・宋や北の女真人の国・金などと覇を競った。

一時期は、西部に大きく勢力を伸ばし、現在では世界遺産にも指定されている仏教美術の宝庫・敦煌も支配した。

チンギス・ハンが率いるモンゴルに侵略され、国としては滅びたが、元のフビライ・ハンの時代には、その旧領域は甘粛行省として独自の文化を繁栄させていた。『東方見聞録』によれば、マルコ・ポーロはこの地をタングート大州と呼び、その中の沙州(敦煌)、粛州(酒泉)、甘州(張掖)、エチナ(ハラ・ホト)を旅している。

異文化受容と独自の発展

敦煌の蔵経洞を巡るドラマを描いた井上靖氏の小説『敦煌』では、西夏が迫りくる様子が描かれている。これは、映画化されたので、御覧になった方もいることだろう。

小説では、仏教を守り伝えようとして経典を隠したという設定になっているが、実際に敦煌を支配した西夏人は、異民族の文化を尊重した。領域内には、ネストリウス派キリスト教(景教)を信じるトルコ人やイスラム教徒もいた。西夏の都城の一つで、ロシアのコズロフ探検隊が貴重な史料を大量に発掘したハラ・ホトの城外には、イスラム教の堂の遺跡がある。

国内、また近隣の漢人、ウイグル人、チベット人などの文化を受容しつつ、非常に組織立った独自の文字を創造するなど高度な文化を発達させたのである。


西夏人は、仏教を重んじ、実質上の国教とした。敦煌・莫高窟第148窟には、西夏人男女が仏を供養する像が描かれている。

また第409窟には、西夏時代に描かれた絵が残っている(写真左)。そこには、傘を差し掛けられ竜の模様の立派な衣服を着た貴人(西夏の西にあったウイグル〈回鶻〉の王とも推定されている)が柄香炉をもって仏を供養する姿が鮮やかな色彩で描かれている。

大蔵経の出版を国家事業で

仏教尊重の最も端的な例が、国家事業としての仏教経典全集・大蔵経の出版である。

漢文とチベット文の大蔵経を出版するとともに、それらをあわせて西夏語に翻訳した最も包括的な独自の大蔵経を製作・出版し、無料で配布している。

国立北京図書館所蔵の『現在賢劫千仏名経』の巻首の「訳経図」は、当時の訳場の厳粛な雰囲気をしのばせる。

また、驚くべきことに、西夏文大蔵経の出版は、国として滅びた後、元代にも行われ、その版本が現存している。西夏人が自らの言葉で仏教を学び実践し続けたことがうかがえる。


諸経典の中でも法華経が重んじられたようである。西夏文『法華経』は、鳩摩羅什訳の「妙法蓮華経」から訳されたものである。その西夏人による序を見ると、大蔵経翻訳の第2段階で訳されたことが分かる。

また題号に続いて訳者を挙げている文から、皇太后・梁氏が翻訳にかかわったことがうかがえる。

中国でも観音経として単独で流布していた法華経観世音菩薩普門品は、西夏でも別に刊行されている。


1998年11月に東京・新宿区で行われた「法華経とシルクロード」展でも展示されていたが、下段に経文があり、上段にはそこに説かれている観音の功徳の絵がついたものがある。

西夏中期に民間で印刷されたと思われる版本の末尾には、「願わくは、この功徳をもって、一切に廻向し、我等と衆生と、皆共に成仏せん」という願文がついている。「自他ともの幸福を願う心」で祈っていたのである。

学術的に貴重な原典資料

本年9月、ロシア科学アカデミー・サンクトペテルブルク支部東洋学研究所へ、西夏文『法華経』出版準備としての写本調査のため、西夏語研究の第一人者である西田龍雄京都大学名誉教授に随行した。


西夏文『法華経』は、「法華経」展で展示されていたものを中心に、同研究所が所蔵する貴重な法華経の西夏文写本・版本を写真版で紹介するものである。これは、創価学会が東洋哲学研究所に委託して順次、出版している『法華経写本シリーズ』の一つである。

現在、伝わっている西夏語文献には、法華経をはじめとする仏教経典も少なくない。しかしながら、写本そのものをまとまった形で写真で紹介した文献は少なく、しかも鮮明なカラー図版を用いたものはない。

今回の写真版での紹介は、明瞭なカラー図版が中心となっており、貴重な原典資料となる。仏教学・言語学などの各分野の研究に大いに資するものとなるだろう。


今回の調査の中で、「妙法蓮華心経」という名の経典の全文が見つかった。同経の一部は大英博物館にあって、西田教授が紹介していたが、全文はなかった。西田教授によれば、同経は漢文大蔵経などにはなく、西夏人が編纂したものかもしれないという。経文の末尾には「閻浮提に広宣流布して断絶させることはしない」という薬王品の文と同趣旨の文があり、また願文があって「一切衆生が悪道に堕すことなく仏道を成就することを願う」という趣旨が書いてあるらしい。詳細は今後の研究を待ちたい。


西夏人が、「法華経の心」として、あらゆる人を苦悩から救うため広宣流布の推進を願っていたように思われる。

その西夏人の法華経を広宣流布の団体である創価学会が出版することに深い意義を感じる。