「法華経写本シリーズ」の目的
「法華経」は、どのようにして生まれたのだろうか?
どのように信仰され、どのように広まったのか。
流布の過程で、どのような変化があったのだろうか。
古来、「諸経の王」と呼ばれてきた大乗仏教の精華「法華経」。
その思想の淵源や経典としての成立、流布の実態、変遷などを知るために不可欠なのが、「原典」の研究である。
印刷技術のない古い時代においては、当然のことながら、経典は手書きの「写本」のかたちで伝えられてきたからである。
樺の樹皮に書いたり(樺皮写本)、ヤシの葉の一種・ターラに書いたり(貝葉本)、紙に書いたり(紙写本)した。
「梵文写本」群の発見
法華経には、仏教梵語から訳されたチベット語訳、漢語訳、漢訳からの重訳であるウイグル語訳、西夏語訳、モンゴル語訳、満州語訳その他多くの翻訳がある。
なかでも、チベット語訳、漢訳の前のオリジナルのかたちと考えられるのが、仏教梵語で書かれた写本である。
19世紀から20世紀前半にかけて、「シルクロード」への探検が続いた。イギリス、ドイツ、フランス、ロシア、日本等々、各国の調査隊が動いた。
敦煌石窟をはじめとする「遺跡発見」と「遺物収集」の時代である。中央アジアだけではない。チベットへも、ネパールへも彼らは足を踏み入れた。
収集された中に、膨大な仏教写本もあり、「法華経の梵文写本」もあった。
それらを読み解くなかで、多くの発見がもたらされた。
たとえば、「観音」問題である。
「観音」か「観自在」か
古来、法華経に登場する菩薩群のなかで、民衆に最も親しまれてきた「観音菩薩」。その正しい名前は何かということについて、長い論争が中国であった。
すなわち、西遊記の三蔵法師のモデル・玄奘(600?~664)は「大唐西域記」のなかで、鳩摩羅什(350~409あるいは344~413)による「観音」や「観世音」は誤訳であり、正しいのは玄奘自身の訳「観自在」であると主張した。
中国の二大訳聖といわれる両者の見解が異なっていたのである。
その後、澄観(738〜839あるいは737~838)が、「両者の違いはサンスクリットの原語の違いであろう」と述べるなど、議論が続いた。
ところが、1927年、ロシアの学者ニコライ・ミロノフが、中央アジアから発見したサンスクリット写本に、「観音」の原語である「アヴァローキタ(=観)・スヴァラ(=音)」があると論文で発表した。
これによって、鳩摩羅什の訳が間違いでないことが文献学的に証明されたのである。
鳩摩羅什が訳したサンスクリット語法華経の原典そのものは「中央アジア所伝の古写本」と推定されながら、今も未発見のままだが、ミロノフの指摘は重大な新知見であった。
しかし残念なことに、彼が紹介した断簡を確認することは、世界の学者にとって不可能であった。その後、断簡の保管先もわからず、全貌も不明になってしまったからである。
1997年5月、創価学会による『旅順博物館所蔵 梵文法華経断簡―写真版及びローマ字版』(通称「旅順写本」)が発刊された。
創価学会が東洋哲学研究所に研究・編集を委託した「法華経写本シリーズ」の発刊第1弾であった。
それを見た法華経の研究者は歓喜した。
それこそ、ちょうど70年前に、ミロノフが紹介した断簡類であり、それ以外の断簡も含まれていたからである。
この『旅順写本』を見れば、「アヴァローキタ=スヴァラ(観音)」が5カ所、出てくる。
鳩摩羅什の訳の適格さを証明するものであり、「誤訳論議」の決着が、多くの人の目に明らかになったわけである。
これは一例にすぎない。
法華経をはじめ仏教研究においては、原典である「写本」を正確に読むことが、いわば「基礎研究」になる。
写本研究の「2つの難題」
しかし、「正確に読む」といっても、ふたつの大きな問題があった。
第1に、写本そのものは貴重であるため、保存のためにも、多くの学者が実物を手にとって研究することは不可能なのである。
そして、第2の問題として、かりに写本を見ることができたとしても、その解読には高度な知識と習熟が不可欠であるという点である。日本語が読める人でも、日本語の古文書が読みこなせるわけではないのと同じである。
サンスクリット語の場合、それに加えて、地域・時代によって書体が異なる。同じ漢字でも、楷書体もあれば行書体や草書体もあることを思えば、わかりやすいかもしれないが、実際には、それ以上の大きな差異がある。
語法の違いによって、同じ言葉が違う表現になっていることも多い。
「読みこなせるようになるには、少なくとも10年はかかる」と言われるほどの難事なのである。
その上、「写本」であるゆえに、誤写もあれば欠落もあり、後世の挿入や加筆もある。
それらを「どう読むか」については、技術的な困難に加えて、仏教用語への深い理解も必要となる。
こうしたことから、待望されてきたのは、写本の「読み」を正確にローマ字化したテキストであった。
間違いや誤写を含めて忠実に「ローマ字化(ラテンアルファベットに適切な符号を加えて書き換える)」したものがあれば、これをもとに、多くの学者が研究できる。
複数の写本の比較・対照も可能になる。
サンスクリット語は、発音と文字表記が、ほぼ一対一で対応しているので、ローマ字化が有効なのである。
「法華経写本シリーズ」に称賛の声
創価学会と東洋哲学研究所による「法華経写本シリーズ」は、この「2つの困難」を克服し、世界の仏教研究に貢献するために企画された。
すなわち世界各国の学者・学術機関の協力をえながら、第1の困難については、鮮明な「写真版」を作成することにした。これまでも、写真版は世に出ていたが、不鮮明なモノクロ写真であったりして、厳正な解読のためには不十分であった。
今回は、現代の最高の技術で作成された鮮明なカラー写真版であり、研究のためには、実物と同じ学術的価値がある。
また、第2の困難については、それぞれの専門家の協力をえて、正確な「ローマ字版」を発刊することにしたのである。
1994年1月に「法華経写本シリーズ」発刊の委員会が発足し、東洋哲学研究所に研究・編集の実務が委託された。
以来、世界の学術機関・研究者の尽力をえて、これまでに第1期「6種8冊」の刊行が実現しており、第2期の刊行が始まっている 。
その結果、大きな反響が世界に広がっている。
たとえば『旅順写本』に対しては、「この秀麗な書籍は、一見しただけで、最高級の学術的能力をもって編纂されたことがわかります。すべての法華経研究者が深甚なる学恩をたまわりました」(ドイツ、インド学の研究者)、「現代の最高水準の技術で印刷されているので、原本の細部にいたるまで研究できます」(インド、仏教学者)などの称賛が寄せられている。
