ホーム学術交流2007年(平成19年)

インド・世界詩歌協会と共同シンポジウム


◆テーマ:世界平和と調和と人間主義の詩
◆主催:世界詩歌協会、東洋哲学研究所、インド・創価池田女子大学、インド創価学会
◆会場:チンマヤセンター(インド・チェンナイ)
◆開催日:2007年10月5日


ヨーロッパ科学芸術アカデミーと共同シンポジウム

国際的詩人団体「世界詩歌協会(World Poetry Society Intercontinental)」と東洋哲学研究所による共同シンポジウムが、2007年10月5日、同協会が本部を置くインド・チェンナイで行われた。


世界詩歌協会は1960年、世界の3千人以上の詩人が参加して創立され、月刊詩誌『ポエット』は50カ国に愛読者をもっている。

シンポジウムは「世界平和と調和と人間主義の詩」をテーマに掲げて開かれ、同協会のスリニバス会長、パドマナーバン副会長(ミゾラム州元知事)、ラビンドラ・バラティ大学のムカジー前副総長、バラティ・ダッサン大学のマリアッパン前副総長、創価池田女子大学のクマナン議長はじめ、多くの詩人を含む約7百人が出席。人類の心を潤し平和に寄与する「詩」の力、「詩心」の復興などについて意見を交わした。また多くの詩人による詩の朗読が行われた。


シンポジウムの席上、東洋哲学研究所創立者の池田大作SGI(創価学会インタナショナル)会長に対し、同協会は「池田博士は『世界の民衆』に勇気と希望を贈り続けておられる」とし、「池田博士の詩歌創作と平和への貢献を讃えて」協会として初の「世界民衆詩人(World People’s Poet)」の称号を贈った。

これまで同会長に対しては、世界芸術文化アカデミーによる「桂冠詩人」の称号が1981年、サンフランシスコでの第5回世界詩人会議の席上で決定されたほか、91年には「国際優秀詩人賞」がインドの国際詩人学会から贈られ、95年には世界詩歌協会から「世界桂冠詩人」賞が贈られている。

シンポジウムは大要、以下のようなプログラムで行われた。



ヨーロッパ科学芸術アカデミーと共同シンポジウム

●スリニバス会長のスピーチ

今日、私たちがいたるところで眼にするのは、混沌と濁悪です。

よるべない人々の行き着く先は、いずこであれ、ストライキであり、暴力であり、暴動です。国々は戦争を起こし、何百万もの人が犠牲になっています。歴史はこうした悲劇に満ちており、解決策は今日でも発見されていません。国際連合は存在しますが、戦争当事国を停戦させることには失敗し続けています。いまこそ、全世界の知性が思索を傾けるべき時です。


この時にあたり、詩人はかってないほどに大きな役割を果たさねばなりません。平和の女神の君臨を実現しなければなりません。いかにして?


かつて、タミル・ナドゥの二人の王が戦場に対峙し、いまにも戦闘を開始せんとしておりました。そこに、我らが賢明なる詩人アヴァイヤルが参りました。彼女は叫びました、戦争では問題は解決できない、対話だけが平和の女神を呼び戻すのだ、と。二人の王は納得し、民衆は平和を取り戻しました。詩が勝利したのです。

近代においても、偉大な詩人たちは素晴らしい仕事を成し遂げてきました。

我々の国には、偉大なる詩人スブラフマニヤ・バルティがいます。彼は感動的な歌をいくつも書きました。英国政府の逆鱗に触れた時、彼はこう叫びました。


たとえ天が崩れ、頭上に落ちかかろうとも

我らは恐れず、我らは恐れず


この崇高な精神は我々のものでもあります。私たちはこのような偉大な詩を作らねばなりません。来るべき危機に対して、人々が敏速に動けるよう、警告を発していなければなりません。

この栄光の陣列の中に、世界190カ国にも及ぶ仲間とともに参陣されたのが、我が池田会長です。

会長の心を揺さぶる詩をお聞きください。私たちは前進しなくてはなりません。


着実にして

誠実なる無血の世紀の戦に

感情と狼狽と嫉妬の輩は

三類の卑怯な敵と化し

われら堂々の平和の道を塞ぐ(「青年の譜」)


1979年7月の麗しいあの日、日本の創価学会インタナショナルの拠点で、私は池田会長とお会いしました。池田会長は、人間性を蘇生させる方です。私は感動に打ち震えました。

会長は私に次のような言葉をお贈り下さいました。

「詩は人間性の証であり、崇高な魂の歌です。」

「人々は無感動、無気力という『心の死』に呻いているかに見えます。」

「この心を蘇生させるのが、詩の力である。」

「そこに永遠はやどっている。」

こうした会長の言葉は、永久に復唱されるべき聖なる言葉です。

会長は次のように宣言します

破壊は 一瞬

建設は 死闘

惰性は暗 希望は明

後退は死 前進は生(「建設の譜」)

同志の皆さん!

今日の世界は破滅へと直進しています。池田会長のような偉大な詩人だけが、それを救うことができるのです。

幸いなことに、今日のこの集いは「池田研究所」とも呼ぶべきものです。今日から始まる研究によって、私たちは必ずや失われた楽園を取り戻すことができるでしょう。


ヨーロッパ科学芸術アカデミーと共同シンポジウム

●池田SGI会長のメッセージ

1962年に東洋哲学研究所が創立されて45周年、また、1992年に東洋哲学研究所のインドセンターが開設して満15年の佳節を刻む本年、世界詩歌協会や東洋哲学研究所の共催によるシンポジウムを、かくも盛大に開催できましたことを心からお祝い申し上げます。

あまりにもお懐かしいスリニバス会長、パドマナーバン副会長、クマナン議長をはじめ、ご多忙のなか、ご列席いただきました諸先生方に心より御礼申し上げます。

1995年には、「世界詩歌協会」の皆さまから、光栄にも、初の「世界桂冠詩人」賞を授与していただきましたことは、詩人の一人として、私の最大の誇りとするところであります。

この度、貴協会の諸先生方と私ども研究所の研究員が「世界平和と調和と人間主義のための詩」とのテーマのもと、世界平和、万物の調和・共生、人間主義という重要な観点から詩歌論を展開されることに、大きな期待を寄せております。


現代物質文明の長足の進歩による情報通信技術や交通手段の飛躍的発展に伴い、人類はかつてない利便性や豊かさを手に入れました。インターネットや電子メールを通して、瞬時に世界中の情報や物を入手することも、かつては考えられない速度で地球上のあらゆる場所と通信することも可能となりました。

しかし、このような膨大な情報と物の洪水の中で、現代物質文明を生きる人びとの精神は、果たして豊かになっているのでしょうか。花や鳥の囀(さえず)り、夜空の星々と語り合い、詩を詠むという豊饒なる心を消失してはいないでしょうか。いな、現代人の心は、広大なる宇宙や大自然の律動、悠久の時の流れから切り離され、孤独感と疎外感にさいなまれているように映るのであります。

人間と宇宙、人間と自然、人間と社会が分断され、人間と人間同士の結びつきさえ、限りなく希薄になりつつあるようにも思えるのであります。

今日の科学技術の発展をもたらしてきた思考法は、一次元からいえば、外なる現象を自己から切り離し、対象化していきます。ここに、あらゆる現象の「物」化が起きる危険性がはらまれております。

すべてを自己と距離を置いて分析し、「物」や「数」という要素に還元していく思考法によって、確かに現代物質文明は長足の進歩を遂げてまいりました。

しかし、その一方で、ともすれば人間やかけがえのない生命までも「物」化し、統計上の「数」として捉える傾向性は、大宇宙や大自然と共鳴し、感動しゆく「詩心」を衰弱させ、そこから涌き出る豊かな精神性、倫理性をも奪うに至っているのではないでしょうか。

こうして、大自然や宇宙が奏でる根源的なリズム、「永遠なるもの」から切り離されたことは、現代人の孤独感、疎外感を生み出してしまうのであります。

物質的な豊かさや尽きることのない欲望の充足のみを追い求めていけば、「自分さえよければよし」とするエゴイズムが蔓延していきます。その結果、他者に対する無関心、他者に関わろうとする意識の無気力化が進みます。非寛容や差別意識、憎悪などは、生態系の破壊、紛争、テロなどの直接的、構造的な暴力をも引き起こす元凶となりかねません。

現代社会においては、万物の共生、調和の律動が幾重にも分断され、エゴイズムに毒され、矮小化した「自我」による抗争によって、家庭から民族、国家、人類社会の平和が蹂躙されているのであります。


私がスリニバス会長と初めてお目にかかったのは、1999年7月のことになりますが、この時、会長は、次のように述べらておられました。

「真実の詩人は、宇宙、精神、神などについて語る詩人です」「詩にはつねに呼びかけるもの(メッセージ)がなければなりません。また永遠性がなければなりません」と。

またスリニバス会長は、壮大なる詩集『五大』の「空」のなかで、宇宙の万物を生み出す永遠性を「真如」ととらえられ、このように高らかに歌い上げられておられます。

「孤(ひと)り? 否・・・・

汝は孤りではない・・・・

銀河の彼方から声がする

宇宙塵の雲の向こう

幾光年のはるか

幾百万の太陽を越えて――

我、真如の国より来れり――

休みなく続く、ピラミッドのごとき創造また創造の領域より――

この不死鳥の真如から

にわかに新しき楽園が花開くだろう」

会長が歌われた「真如の国」とは、「外なる大宇宙」と人間の「内なる小宇宙」を貫く宇宙根源の法則すなわち「空」であります。この「空」と人間の心が共鳴するとき、詩心が生まれます。

詩人は、あるときは、大宇宙の根源の法則を見つめ、またあるときは、人間の生命の中に、無限の可能性を見出します。ゆえに詩人とは、自身と大宇宙を貫く宇宙根源の法(「真如」)を呼吸し、その法に則って、生きとし生けるものを融合させ、人間と人間の心をつなぎ、この人類社会に調和と平和の「楽園」を作り出す人といってもよいでありましょう。


私の恩師である創価学会の戸田城聖第2代会長は、宇宙と森羅万象の関係について考察し、次のように述べております。

「この宇宙は、みな仏の実体であって、宇宙の万象ことごとく慈悲の行業である。されば慈悲は宇宙の本然のすがたというべきである」と。

ここでいう「仏の実体」とは、宇宙に本来具わっている慈悲の生命をさすのであります。したがって戸田会長は、宇宙の森羅万象を「宇宙根源の法」としての慈悲が顕在化したものととらえたのであります。

私どもが信奉する日蓮大聖人は、その著作である「生死一大事血脈抄」において、宇宙の万物を構成する地・水・火・風・空(=天)の五大の働きを記し、「空」の場が「宇宙根源の法」であり、その働きが四大であるとされています。


分断された世界の中で、貪欲につき動かされる余り、生態系が破壊され、「地球温暖化」や「大量破壊兵器」に代表される人類の〝種〟としての絶滅さえ危惧されている今日こそ、「宇宙根源の法」に横溢する慈悲のエネルギーをくみ出し、四大の絶妙なる営みを洞察する智慧の光によって、「人間」と「社会」と「宇宙」を結ぶ詩人の「平和と共生の叫び」が不可欠であります。

地球上に生きる民衆の生命内奥には、「詩心」が脈打っており、人間は皆、本来、詩人であります。すべての民衆の生命に脈打つ「詩心」は、「永遠なるもの」「根源なるもの」と共鳴しつつ、「慈悲」「非暴力」「同苦」「寛容」「智慧」等の輝く精神性となって発現してまいります。


それ故に、こうした「詩心」を抱く詩人にとって、諦めや無関心は魂の敗北であります。人間の尊厳性を踏みにじり、民衆の生命を抑圧するような“悪”は、断じて許すことはできません。なぜなら詩人は、それを自己自身への冒涜として同苦するからであります。

詩人が、宇宙の深淵を見据え、人間の内奥深く眼を注ぎ、そこから言葉をつむぎ出していくのは、権力に虐げられ、宿命に泣く民衆の声なき声をくみ上げ、民衆の代弁者として叫びをあげるためであります。

人間主義の旗を高く掲げる詩人は、常に民衆を愛し、民衆と共に生きるが故に、民衆を貶める邪悪な権力とは断じて戦うのであります。そして民衆の胸に勇気と希望の灯火を赤々と点し、民衆の心の太陽を呼び覚ましていくのであります。

ゆえに詩人とは、民衆と共に、悪と戦う「慈悲の人」であり、同時に未来を指し示す光を掲げゆく「英知の人」なのであります。

このような詩人の中からこそ、「世界平和と調和と人間主義の詩」が、無限に生み出されゆくであろうことを、私は強く深く確信しております。

本日、このシンポジウムに集われた諸先生方のますますのご健勝とご活躍を心よりお祈り申し上げ、私のメッセージとさせていただきます。

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